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アポロ1号、火災事故から40年

Apollo 1 crew
図1:アポロ1号の宇宙飛行士 (Image credit: NASA)

Via NASA

2007年1月27日、アポロ1号の火災事故から40年が経過した。NASA TVでは、アメリカ東部標準時間10時から11時15分(日本時間1月28日0時から1時15分)、スペシャル番組を放映する。

1967年1月27日、アポロ計画で初の有人宇宙飛行となるアポロ1号の訓練リハーサルが進められていた。搭乗クルーのガス・グリソム、エドワード・ホワイト、ロジャー・チャフィーの3宇宙飛行士もいよいよこの新しい宇宙船を試験するために、宇宙服を着用し、船内に乗り込んだ。

ハッチがしっかりと閉められ、船内には酸素で加圧され、試験が始まった。管制センターとの通信不調、高い酸素流量のアラームなど、色々問題は発生していたが、試験は進められていた。

しかし、夜6時31分、突然「火だ。火が燃えている」という声が通信から聞こえてきた。

チームは直ちに宇宙船に駆けつけ、ハッチを開けようとしたが、ハッチは内側に向かって開く構造だったため、内部を減圧しなければ開けられなかった。結局、ハッチは火災発生から約6分後に開けられたが、時はすでに遅く、3人の宇宙飛行士は全員亡くなっていた。

Apollo 1
図2:事故後のアポロ1号 (Image credit: NASA)

事故の原因は、電気配線の絶縁材が磨耗して剥れたことにより火花が生じ、高濃度の酸素で満たされた船内に、瞬く間に炎が広がったことが、後に事故調査委員会によって特定された。また、3人の死因も焼死ではなく、一酸化炭素中毒死だったが、遺体は激しく焼かれていた。

この事故で、アポロ宇宙船の再設計が行われ、ハッチの構造変更、不燃素材との交換、配線問題の修正などが行われた。アポロ1号は元々「AS-204」という呼称で呼ばれていたが、亡くなった3人に敬意を払い、NASAは「アポロ1号」と命名した。

現在、チャフィー宇宙飛行士の娘であるシェリルさんが、ケネディ宇宙センター(KSC)で働いている。

「ここ(KSC)で働くことは、時々私にとって辛いことである。しかし、父の志を継いで、NASAの職員になったことには誇りを持っている」

「父は国のためにしたことに誇りを持ち、そして、父がNASAの月へ戻るミッションや火星を目指すミッションをきっと支持することも、私は知っている」

シェリルさんはNASAの記事でこのように述べた。

アポロ計画の成功、宇宙開発の発展に命を捧げた3名の宇宙飛行士のご冥福を、心からお祈りいたします。

■Remembering Apollo 1
http://www.nasa.gov/vision/space/features/apollo_1.html

Written by sorae.jp編集部宇宙班

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