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嘘のような、本当の話、続き
June 11 - 2008 - 柏井勇魚

Image credit: Isana Kashiwai
Garbage Collection より転載。
そして、僕はその日、その場所にいた。
アメリカ東部標準時5月31日午後、打ち上げの2時間前。フロリダ州、ケネディ宇宙センター、39A発射台から約6kmの地点。ビジターコンプレックスから見学用のバスに詰め込まれて10分ほど、サターンVセンター脇にある常設の見学席。ここは打ち上げの時に発射台に最も近くなる地点の1つ(注1)。打ち上げの係員が発射台から退去すると、ここから先には宇宙飛行士しかいなくなる。
遠く、クリークの向こうに発射台が見える。大きさは小指の先ぐらいかな?どうやら機体は発射台の向こう側らしい。こちらからは構造物に隠れて見えない。双眼鏡で覗くと陽炎の向こうに発射台。チラッと見えるオレンジ色は外部燃料タンクだろうか?そこここで鳥が上昇気流に乗って遊んでいる。楽しそう。
CBSのMr.Harwoodから電話、全て順調とのこと。ラッキーだねと言われる。というか、打ち上げの速報をCBSのコメンテーターから直接電話でもらえるとは、なんと贅沢な。
すばらしい天気、ほとんど雲もない。このまま予定通り打ちあがってくれればいいのだけれど...シャトルの打ち上げの場合、緊急時の着陸地の天気も関係してくるので、ケネディ宇宙センターがどんなに天気がよくても延期の可能性がある。油断は禁物。
周りの席が人で埋まり始めた。ざっと数えて1000人ぐらいだろうか?NASAの職員とその家族と思しき人たちが目立つ。宇宙飛行士と同じオレンジ色のパンプキンスーツを着た子供達がいる。スーベニアショップで売っているやつかな?かわいい。僕があのころに打ち上げを見ていたら、今とは違う人生を歩んでいただろうか?少しうらやましい。
打ち上げ約1時間前、場内に流れるNASA-TVの音声がT-9分のホールド(注2)をコール。備え付けのカウントダウンクロックが止まる。どうやら、打ち上げの準備は順調に進行しているらしい。なんだか、無口になる。
なんとなく、ここまでたどり着いた道のりを思う。タイミングとか、偶然の連鎖とか。確かにここへ来てみたいとずっと思っていたけれど、それがこんな形で現実になるとは思ってもいなかった。沢山の喜び、ほんの少しの戸惑い。どうして僕はここにいるのだろう?
Go/No Goディシジョン(注3)。いつもNASA-TVで聞きなれた一連の応答が場内のスピーカーから流れている。小さなストリーミングの画面で見慣れた風景が目の前にある。ちょっと不思議な気分。
"Clear to launch." 打ち上げは予定通り行われるらしい。場内から歓声。これまで極力抑えてきた期待感が爆発する。本当に見られるんだ!
T-9分のホールド解除。再び場内から歓声。
T-5分、NASA-TVの音声が途切れ、起立を求める場内アナウンス。国歌斉唱。歌い手はNASAの職員の方らしい。そういえばアメリカの国歌には歌詞の中にロケットが出てくるんだったっけ。
T-3分、"Gaseous oxygen vent arm retraction"のアナウンス。外部燃料タンク上部のガス排出システムの収納。
T-2分、なんだか、胸が苦しい。
T-1分、場内が急に静かになる。カウントダウンの声しか聞こえない。
10秒前、アナウンスに合わせて会場から唱和が起きる。10, 9, 8, 7 ...10秒ってこんなに長かっただろうか?... "Main Engine Start"、発射台の下、白い煙が吹き出す。
"2, 1...Booster ignition! Lift up!"
発射の瞬間。オレンジ色のまばゆい光と白い煙、無音。
直後に発射台の向こうから意外なほどゆっくりと真っ白な機体が姿を見せる。歓声。タワークリア。やがて雷のような、連続した花火のような音が急激に大きくなる。あたりの空気が振動する。すごい!機体が急激に速度を上げる。バリバリという爆音が機体を追いかけるように上昇していく。
右ロール。機体が向きを変える。外部燃料タンクをこちらに向け、すこしづつ太西洋の方へ飛行経路を変えながらどんどん速度を上げる。足元から体を突き上げるような高揚感。
雲はなく、視界をさえぎるものはない。どこまでも高く青い空。白い煙とオレンジ色の噴射炎の向こう、上昇していく白い機体。なんてきれいなんだろう。
"SRB Separation!"(注4) 場内から歓声と拍手。一瞬、機体の形が変化して、不意に白い噴射煙が途切れる。やがて針のようなSRBが回転しながら落ちてくるのが見える。すごい!まだ見えている。メインエンジンのノズルが、まるで星みたいに光っている。
やがて、空の明るさに紛れて光は見えなくなった。後には、風に流され始めた噴射煙だけが残っている。"Negative Return"(注5)のコール。どうやらシャトルは順調に飛行を続けているらしい。
しばし呆然。なんと表現すればいいのか。音だけなら至近距離の雷や花火の方がずっと大きいし、光だってまぶしいほどじゃない。あれが人が作ったものだとか、あれに人が乗っているとか、そういう理性の部分ではなく、もっと本能的な部分に作用する何か。音、光、そして真っ直ぐに空を目指すその上昇感が、背中を何かが駆け昇っていくような強烈な高揚感を引き起こす。確かにこれは他に類するもののない体験だ。
風に流され、形を変えていく名残の雲を見上げながら、少し涙ぐむ。僕はここに来た。この場所に、この瞬間に立ち会うために。僕はこれを見に来たんだ。なんて美しいんだろう!
打ち上げから8分30秒、"Main Engine Cut Off"(注6)のコール。打ち上げ成功。帰り支度を始めた場内から、ひときわ大きな歓声。おめでとうございます、とつぶやく。おめでとうございます、よい旅を。
帰り際、もう一度だけ振り返ると、打ち上げの名残は薄れ、もうほとんど普通の雲と見分けがつかなくなっていた。体の奥のほうには、まださっきの強烈な体験が燠火のように残っている。これはしばらく抜けなさそうだ。帰りのバスに急ぐ人たちは、皆なんだか、ほくほくと嬉しそうにしている。すごかったねえ、きれいだったねえ。自然に笑みがこぼれる。
さて、僕は、どこへ行こうかな?
■注釈
注1:今回打ち上げが行われる39A発射台はプレス席/家族席の方が数百メートルだけ近い。
注2:シャトルの打ち上げでは、要所要所でカウントダウンを止め、各種の確認作業や時間調整を行う「ビルトインホールド」と呼ばれる時間が設けられている。そのため、必ずしもカウントダウンの数字と実際の残り時間は一致しない。ただし、T-9分のホールドが最後になるので、これ以降はカウントダウンと実際の残り時間が一致する。
注3:打ち上げに最終的なGoサインを出すための確認作業。ディレクターが各セクションを点呼しながら、「通信」「Go!」「天候」「Go!」という感じで確認する。聞いていると、とてもわくわくする。
注4:打上後約2分、高度約67kmの地点で固体燃料ロケットブースター(SRB)の切り離し。
注5:高度と速度がある一定上を超えると、トラブルがあった際にケネディ宇宙センターに帰ってくることができなくなる。ここから先は、大西洋を越えてヨーロッパの緊急着陸地に下りるか、とりあえず軌道に乗ってしまうかという選択になる。
注6:メインエンジン燃焼終了。シャトルが所定の地球周回軌道に乗ったことを示すアナウンス。ここまでくればひとまず安心。
Written by 柏井勇魚
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