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O君と銀河 vol.02

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Yoshiaki Taniguchi
Image credit: Yoshiaki Taniguchi

3.エピソード III

 中学3年生のときに、天文に関心を持ち始めた僕は、いつしか高校生になっていた。入学してみると、天文部なるものがあることがわかった。駆け出しの僕には格好の部活のように思えた。迷わず入部し、晴れて天文部員となった。

 入部してわかったことだが、どうも僕たちは第9期の部員らしかった。創立10周年にも満たない。つまり、まだそれほど歴史のある天文部ではなかったようだ。しかし、後になってわかったことだが、僕たちが第9期だと、マイナス何期とか言う時代が出てくるようだった。結局、その時代は第何期と呼べないので、紀元前と呼ぶことにした。歴史があるのかないのか、なんだか不思議な天文部だった。

 ところが、確かに伝統を感じさせる部分もあった。望遠鏡の反射鏡を磨く、伝説の達人、中村要さんの手になる口径9センチメートルの反射望遠鏡があったからだ(今も、あるかはわからない)。鏡筒は渋い緑色。イングランドの風景に溶け込む色だ。金具類は真鍮製。少し黒ずんでいるあたりが、“侘び”の世界を髣髴とさせる。三脚はもちろん木製だ。緩やかなカーブは、東洋を感じさせない。一糸乱れぬ、その姿。それはそれは、美しい反射望遠鏡だった。そして、天文部では“国宝”と呼ばれていた。

 僕たち1年生部員の仕事は、お昼休みにこの“国宝”を屋上に運び、太陽の黒点のスケッチをすることだった。国宝でスケッチ。かなり、ハイソなデューティではあった。だが、その国宝はあまりにも美しく、僕自身あまり苦に思った記憶はない。たぶん、誰しも苦に思っていなかったのではないだろうか。何しろ、“国宝”を使っていたのだから。

 こうして、僕は天文部員としての高校時代を送ることになった。幸い、仲間は僕より天文に詳しく、ずいぶん色々と教えてもらった。そうして、知らず知らずのうちに僕は天文の世界に深く入り込んでいった。

 僕の好きな天体は銀河だった。不思議と、星には興味を抱かなかった。理由はよくわからないのだが、たぶん“形”の問題なのではないかと思う。星は望遠鏡で見ても、点のようにしか見えない。色の違いはあっても、僕には点だった。しかし、銀河は違う。楕円のように見えたり、円盤のように見えたりする。小さな望遠鏡で見る銀河は、確かに退屈である。ぼうっと光って見えるだけだからだ。しかし、点よりはいい。

 銀河の姿は写真にするとひときわ映える。天体写真集や天文関係の本には必ずといって、美しい銀河の写真が出ている。美しい渦巻きを持つ銀河から、なんともいえない不思議な形をした銀河まで、見ていて飽きることがない。人が一人ひとり違うように、銀河も個性的な存在だ。おそらく星もそうなのだろうが、当時の僕には銀河の方が魅力的に見えた。

4.エピソード IV

 この高校時代、天文部の方々のおかげで、僕の天文の知識は確実に増えていった。しかし、趣味は趣味であり、天文で身を立てようとは考えてなかった。あたりまえである。そもそも、天文学者という商売がどのようにして成り立つのか、皆目検討もついていなかったのだから

 しかし、高校2年の終わり頃、少しだけ自分の将来について真剣に考えてみることにした。高校を終えた後、多くの人は大学を目指す。何かを修めたいからだろう。大学というところは、一般的にいえば、何回も行くところではない。つまり、一回限りと思ったほうが良いということだ。現役で合格すれば、18歳からの4年間という、おそらくは最も大切な時を過ごすことなる。そう思うと、あまり安易に大学や専攻を選んではいけないような気がしてきた。

 大体において、僕は小心者である。そんなことを考えると、「うむ、やはりここは慎重に…」などと考え込んでしまったものである。小心者の一つの特徴は、逆説的だがアバウトなことである。判断力不足というか、「まあ、何とかなるだろう」的な側面も併せ持つ。誰しもそうかもしれない。僕もよくわからないのだが、ようするに楽観的だったのだろう。なれるかどうかは別にして、とにかく何をやりたいのか?それを考えてみることにした。

 一番簡単な方法は、今まで僕がどんなことに興味を持ったかをおさらいすることだろう。まず、考古学。確かに、小学校のときの卒表文集に、僕は将来の夢として“考古学者”と書いてしまったことは事実だ。僕が住んでいた北海道は、長いアイヌの歴史がある。たぶん、いたるところ、遺跡に近いものがあるはずだ。

 実は、僕も発掘作業にいってみたことがある。アイヌの方々が丹精こめて作った、美しい“ヤジリ”などが見つかったりする。郷土の歴史が誇らしく思える瞬間だ。かくして、発掘作業はとても楽しい。しかし、厳しい現実もある。その当時、僕の友人にT君がいた。彼も考古学に関心を持っていて、発掘作業は一緒に行ったものである。そこで僕が感じたことは、僕は考古学に向いていないということだった。すぐ近くで発掘をやっているT君は美しいヤジリをどんどん見つけるのだが、僕の方は成果なし。

 「うーむ、やはり、これは向いていないのだろう」

 子供心に、僕はそう思った。この段階で、僕は考古学者をあきらめていたように思う。

 さて、次は“昆虫学者”だ。木々の梢に群れ飛ぶ、美しいミドリシジミと呼ばれる蝶がいる。羽の色は輝くようなミドリ。ラメがはいっているような蝶で、本当に美しい。正しくはゼフィルス類と呼ばれる一群の蝶である。僕はこのゼフィルスにかなりご執心だった。しかし、ファーブルのように昆虫学者として生活するのはどんなものなのだろう。片田舎に住む、高校生にわかるはずもない。だが、一つだけ、問題があることは感じていた。昆虫採集は基本的に殺生だということである。蝶は蝶として生きている。蝶に人権はないかもしれないが、蝶権はあるに違いない。それを犯してまで、昆虫採集をして良いのか?こういうことに思いをはせるようになると、かなりまずい。そして、昆虫学者の夢は僕から消えた。

 では、何が残るのか。僕はまた悩んでしまった。

(次回に続く)

Written by 谷口義明

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