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宇宙ルネサンス序章 Chapter.3

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「1603年のコンジャンクション 叡智は何処へ?」 池上雄太


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 1603年に起きた土星と木星のコンジャンクション(合)は、非常に重要なターニングポイントをもたらした。日本では永い戦国時代が終わり、徳川家康や天海僧正らにより江戸幕府が誕生。一方、英国ではウィリアム・シェイクスピアやジョン・ディーを生み出したエリザベス1世の時代が終焉し、ジェームズ1世が王位就任……これらは皆1603年の出来事である。

 ここで、最後の超大物ルネサンス人、ロバート・フラッドが活躍する。

 15世紀フィレンツェで、コジモ・ディ・メディチがプラトンに関連する考古学的遺物の保全と管理を開始して以来、ネオ・プラトニズモ(新プラトン主義)と呼ばれる人類太古の叡智の翻訳・再評価の研究活動が、マウシリオ・フィチーノ率いるアカデミア・プラトニカ(プラトン・アカデミー)を中心として行われた。
 フィチーノをメディチ家当主として生涯養い、また詩作の才能にも恵まれたロレンツォ・ディ・メディチ、そしてミランドラの領主ジョヴァンニ・ピコ伯爵、この三者が、太古から呼び出した膨大な叡智を、現在我々が“ルネサンス”と呼ぶムーヴメントの「コア・コンセプト」としてデザインした。
 フィチーノやジョヴァンニに心酔していたサンドロ・ボッティチェッリなどの画家が、そのプラトン主義の世界観をヴィジュアライズし、現在そのイメージが世界に流布している。

 そうしたイタリアの影響は、イギリスではやや遅れて16世紀エリザベス1世の治世下で本格化する。

 1574年に生まれたロバート・フラッドは、若い頃は音楽、占星術などを深め、同時に自然魔術をベースとしたパラケルスス派の医術を学び、ロンドンで開業医となる。そのかたわら、フィチーノにより拓かれた古代の観念<マクロコスモス><ミクロコスモス>を仔細に探究する『両宇宙誌』を著し、多領域を接合するまさしくルネサンス的な研究・執筆活動を行う。
 またフラッドは、近年の大ベストセラー『ダヴィンチ・コード』にも、シオン修道会の歴代総長の1人として、その名がレオナルドやサンドロと並べる形で、さりげなくだが挙げられている。同時に、17C初頭当時に英国で広まった薔薇十字運動を擁護し、その後の運動の発展をもたらした存在としても著名である。

 フィチーノがその光の扉を開き、ジョヴァンニ・ピコが開花させた「叡智」の系脈は、人文主義の興隆を経て、ロバート・フラッドのもとに収斂される。彼はカバラや自然魔術、医術や建築なども含め総合的な体系を、あたかも最後のルネサンス人としての矜持を帯びたかのように、熱狂的なまでに探究した。

 それまでルネサンスの思想は、印刷術や印税モデルの整備により「印刷された書物」のかたちでパブリックに広まっていたのであるが、フラッドの時代からは、それら「叡智」は薔薇十字などの秘密結社によるネットワークのなかへと潜行してゆく……思想が秘密結社化されたということは、「叡智」が限られた人々に限定使用・独占されることに他ならない。

 それに立ち代わり、新しい時代に”表舞台”に燦然と登場したのはルネ・デカルト。彼は反・人文主義、つまりアンチ・ルネサンスの立場を明確にしており、また有名な「方法的懐疑」は世の事物をすべて疑う、というもの。あとは我々が教科書で習う通りの、お決まりの”近代科学の発展”が表向きは続く。

 土星と木星のコンジャンクションは<旧い秩序が消え去り新たな時代が到来>を等しく意味するのであるが、この1603年にヨーロッパで起きたものは、必ずしも人類にとってポジティブな変革ではないだろう。より研ぎすまされた形での”暗黒の中世”が、「疑い」のもとに再来してしまったのだから。
 (2006. 01.08)

Written by 池上雄太

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