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宇チュー新古今PSY時記 vol.02

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「コスモとロゴス」 CCD

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「天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出し月かも」(阿倍仲麻呂)

言葉は光透波。言葉は音連れ。
言葉は光と音。そして意味。色と香り。
今日も宇宙はコトバに満ち溢れている。

日本の文化の最も中心にあるヤマトコトバは「大宇宙の命をそのままあらわしたコトバ」である。真理を含む尊きものは永い時の試練を耐えて生き残る。現在私たちが使う日本語では濁音・半濁音・ャュョの入る場合などをあわせ、115音の文字を使っているが、本来、日本語の原典であるヤマトコトバは50音からなる。
ちなみに、伊勢神宮の「イセ」というコトバには、五十という意味が含まれる。

50音図はさまざまな循環とバランスのあるマトリックスである。25音づつで分けると、ふたつの世界「金剛界」と「胎蔵界」を表現する曼陀羅図ともなる。主体と客体を飛び交う鳥(十理)でもある。賢者の石とも言える。「イシ」にも五十という意味が含まれる。

ヤマトコトバはシンプルで美しい。だから力強い。そしてびくともしない。ヤマトコトバが頭蓋に響くとき、天然自然のエネルギーが息をしているように感じる。
天然自然の世界のさりげないスゴサに気がついて、こころ通わすようになったとき、見えない美しさ、御陰様、サムシング・グレートが人に勇気を与えてくれる。
畏怖の念を持って学ぶべき対象としての自然。その自然への意識と人類の科学における経験智が融合するとき、人類文明は新たなる繁栄の道を進むだろう。後朝(きぬぎぬ)のまどろみの中、夢をみた。きれいな自然が復活した地球に最高のテクノロジーが展開するかっこいい都市が存在する。人の瞳は大空の如く透き通る。
今一度地球を洗濯するには長い時間がかかるだろうが(今もまだ汚染されてるから)、ぜひ私と私の同志の人生が、人類の新たなる進化におけるささやかな一助となることを希望してやまない。バタフライ効果を信じてやまない。困難に遭遇し乗り越えることで人類は進化してきた。

近代では最もヤマトコトバを学んだ人物でもある明治天皇は「天地(あめつち)もうごかすばかり言の葉のまことの道をきわめてしがな」という和歌を残している。ヤマトコトバの知恵は疑う余地もなく、永い間「冬眠」状態にあった。時が来て、その知恵は雪がとけてゆくように世に流れ出してきている。その知恵は、日本文化の最奥儀に通じる道を示してくれるだろう。そして、わが国の文化的なる目覚めは、地球に生きる他言語の同胞たちをも大いに刺激することだろう。アインシュタイン博士が1922年に伊勢神宮をおとづれたときに語り残したメッセージを、20世紀のうちは理解ができなかったが、今はその意味を感じ取りつつある。(だからここにこのようなふみをしたためているのだ)ただ、この場合、理論は実践されなければならない。争いで疲れた人類を落ち着かせ、元気づけることは、時間と肉体を持った存在に全てゆだねられた。願う。美しく生を全うする人は役割を天から授かる。人事を尽くして天命を待つ。

作家であり、日本の文化に精通していた司馬遼太郎は、日本人のこころが再び清音(50音)の世界を求めるときが来る、ということを予言している。
彼は著書「空海の風景」で昭和五十年、芸術院恩賜賞を受賞した。司馬遼太郎が緻密な調査と豊かな想像力によりその姿を観出した空海もまた、大宇宙の命に通じた大ブローカーであった。
空海が五十音コトタマに精通していたこと、そしてそれが彼の文化の基盤であったことをご存知だろうか。だいいち、空海は古代よりコトタマの教えを受け継ぐ佐伯一族の出身であったのだ。彼の根本に宇宙を祀る言の葉の御心があったからこそ、真言密教という宇宙哲学を継承し、また新たな有り様を創造しえたのだ。彼は地球を越えたスケールを持つ宇宙人であるし、また真の国際人でもある。留学先の唐ではその言語的・芸術的才能を存分に活かし、才人たちと大いに交わっていた。その鬼気迫る呪力は、当人の狙い通りなのかもしれないが、1000年以上過ぎた今でも人々をひきつけるエネルギーに満ちている。

空海は以下の頌(詩)を残している。

五大皆有響
十界具言語
六塵悉文字
法身是実相

すごい表現だ。この宇宙にはすべからく音響・言語・文字がいきわたっている。声字の働きは無限に変化しゆく宇宙そのものだ、というとてもきっぱりとしたプレゼンテーション。
さりげなくも、弥勒菩薩が降臨するまでの時間・五十六億年も文字の中に秘められている。空海は様々な隠れた暗号・アイコン・象徴・図形を駆使する知恵者でもあった。私個人は、「いろはうた」も空海の創作であるという説を支持している。「いろはうた」に込められた他宗教モチーフの暗号文については、またいつか説明をしたい。話が逸れ過ぎるのでここでは省かせていただく。兎にも角にも、空海を取り巻く豊かで畏れ深い森が、偉大なる思想と文化を育んだ。空海は森の人、森で沈思黙考する生活が彼の生き様でもあった。多くの外国人が高野山を音連れ、空海も触った樹木に触れ、散り往く紅葉を惜しむように歩く。わが国が誇る、錦を纏う秘峰。有明の月の如く我々を見守る空海の前向きな呪力。
中国で森林が無くなっていったことと、中国で密教が衰退したことについては因果があるだろう。

ちなみにヤマトコトバでは「空」も「海」もどちらもアマと表現される。それから宇宙もアマ、と言いあらわすことができる。天の川というコトバからもそのことが分かる。「ア・マ」には「はじまりの空間」、というニュアンスが含まれている。

中国大陸留学の歴史においては空海の先輩である阿倍仲麻呂もヤマトコトバの達人であった。そもそもマロと名前につくのは、言語の達人、という意味が含まれている。まろやかなコトバを使える気高い人、文化人、という意味である。
遣隋使のメンバーとして中国大陸に渡り、そこに生きた仲麻呂は、科挙に合格し、高官として働いていた。そして、言語的・芸術的才能を活かし、あの李白や王維といった大詩人と厚い親交をむすんでいる。
百人一首にある「天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山にいでし月かも」の和歌は隋で望郷の念をこめて詠まれたものであった。出発前、彼は三笠の山で航海の無事を神に祈ったのである。万感の思いを、天辺を旅する月輪に託す。個の波動が宇宙を貫く。そんな魂の有り様を、百人一首で遊んでいた小学生のころはまったく知らなかったけど。それがまたこの手の文化の奥ゆかしいところだ。

経済も環境も、地球の未来は中国という国にかかっているらしい。そんな時代において、空海や仲麻呂が示した文化交流のあり方は、ヤマト心の実践段階におけるお手本となりえる。わが国の若い文化的エリートたちが奮起することを希望してやまない。中国の方々がどんなライフスタイルを選択してゆくか、によって我らの食生活も変わる。我らを取り巻く空気も変わる。肺をこれ以上汚すのはさけたい。水産資源は汚染のリスクなく食べられるようになりたい。

そもそも論になってゆくが、「宇宙」というコトバも中国で生まれたものだ。道家の書物である「淮南子」がその原典である。紀元前の書物だ。老荘思想に代表される道家の思想もきわめてレット・イット・ビーな宇宙哲学と言えよう。足るを知れば辱められず。感謝は領収。あなたは十分に偉大だ。宇宙が生んだ御子だ。だからその偉大なるエネルギーを表現して、宇宙の中に循環させればいい。

その作品は「北鎌倉の特産物」と呼ばれていたという、日本画家の小倉遊亀は、
微小宇宙我大宇宙と響き合い 奏でるしらべ日々新しき
という歌を残している。大変にフレッシュな表現である。彼女は、志を抱いて修行を始めた頃、先輩の画家に、「一枚の葉っぱが手に入れば、宇宙全体が手に入りますよ」と言われてさわやかに感動し、またそのコトバを終生大切にしたという。晩年になって、文化勲章を受賞した際、昭和天皇はその話を覚えていて、「どうでしょう、一枚の葉っぱは手に入りましたか」と聞いた。すると遊亀は「いいえまだ手に入ってはいません」と答えた。
人はいつも旅の途中。内なる宇宙のSETI
宇宙が与えてくれるメッセージを聞くために、私は光とともに、みずからのこころに耳を澄ます。

「闇晴れてこころの空に澄む月は
西の山辺や近くなるらむ」(西行)

(つづく)


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Written by CCD

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