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宇宙とポップミュージックの年代記 vol02

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vol.02『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』とアポロ計画

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■月面着陸をめざしたアポロ計画
「1960年代のうちに人類を月に送り込む」という1961年5月のケネディの演説は、当初“有人宇宙飛行”をめざしていた宇宙開発が“月面着陸”に変わった重大な瞬間だった。のちの人類初の月面着陸へとつながるアポロ計画がここから具体身を帯びていった。そして、その翌年の1962年、“月”をモチーフにしたひとつのポップミュージックが生まれることになる。


古今東西を問わず、月が出てくるポピュラーミュージックは少なくない(実際は“月光”が多いんだけど)。ビートルズもカヴァーした『ミスター・ムーンライト』、オードリー・ヘップバーンが『ティファニーで朝食を』の劇中で弾き語りを披露した『ムーン・リヴァー』、グレン・ミラーで知られる『ムーンライト・セレナーデ』、ジャズのスタンダードで『イッツ・オンリー・ア・ペーパー・ムーン』。しかし、とりわけ知られているスタンダード・ナンバーは『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』だろう。(日本でも細野晴臣『コチンの月』、石川秀美の『涙のペーパームーン』、シブガキ隊には『月光淑女』などなど)

■イーストウッドのセンチメンタリズム
クリント・イーストウッド監督作品『スペース・カウボーイ』は60年代のアポロ計画時代に宇宙飛行士としての訓練を受けながら宇宙へ行く夢がかなわなかった若いパイロット、エンジニアたちが老いてから宇宙に行く夢を果たすという物語だ。この映画のラストはアクシデントを乗り越えた老人たちが無事に帰還するシーンではない。通常のハリウッド映画であれば、彼らのスペースシャトルが生還し、地上スタッフが彼らを出迎えたのち、見守っていた家族との再会を果たすシーンにエンドクレジットがかぶさっていきそうなものだが、この映画ではさらなるカットが付け加えられる。

癌を持ったまま宇宙へ行き、仲間を救うために宇宙に残った荒くれ者の老パイロットが月面で永遠の眠りについているというのがラストシーンだ。バックには『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』がかかる。このシーンが撮りたいがためイーストウッドはこの映画を企画したのではないだろう? そうだったとしても不思議はない感傷的で印象に残るラストである。

■『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』のオリジナル
1962年にピアニストのジョー・ハーネルが発表した『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』は、その当時流行したボサノバ風アレンジのナンバーだが、オリジナルは1954年にバート・ハワードが作曲した『In other word』というタイトルの曲だった。
ジョー・ハーネルのレコードでは冒頭の歌詞から取った『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』という題名に換えられた。

以後、この曲のカヴァーは急速に広がる。1964年にはボサノバのアストラッド・ジルベルトがこの曲をカヴァーしている。


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そして、決定打はフランク・シナトラによるカヴァーだ。彼らを始め、多くの歌手がこの歌を持ち歌とすることで、『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』はスタンダード・ナンバーになっていく。月へ行くということが国家プロジェクトだったという背景もあるが、題名をロマンチックな『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』に換えたこともスタンダードとして定着した大きな要因だろう。

この曲を録音したアーティストは上記意外にも大勢いる。ナット・キング・コール、ウェス・モンゴメリ、エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーン、クリス・モンテス、宇多田ヒカル……etc

■永遠の夏というセンチメンタリズム
もう10年前になるが『新世紀エヴァンゲリオン』のエンディングテーマ(こちらもボサノバ・アレンジでのカヴァー)としても使われていた。監督・庵野秀明がこの曲をエンディングに使用するように指示したのだという。セミが鳴き続け永遠に夏が続くというこの作品の世界観は庵野秀明の持つセンチメンタリズムが表われたもの。その世界に生きる綾波という少女の魅力の何分の1かは、『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』が持つセンチメンタリズムから生まれているに違いない。

Written by 速水健朗

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