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Jobs & Co.--An Apple Story

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ジョブズ・アンド・カンパニー/新生アップルの物語 vol.11

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Jobs & Co.--An Apple Story Act 11:Think different.
林信行

■Macが負け犬だった夏

'97年夏、Macユーザーは負け犬だった。Windows 95が登場した時、Macユーザー達はこれが「Mac OSを真似たまがい物」と批判していた。しかし、そのまがい物はMacよりも遥かにすごい勢いで広がっていた。
 Macユーザーのモチベーションを高めるためアップルに舞い戻ったエバンジェリスト、ガイ・カワサキがつくった「Windows 95 = Apple 97」--Windows 95は7年前のアップル技術でつくられた稚拙なOSという言葉は、Macユーザーの誇りをくすぐったが、その後、広がったWindows 95の圧倒的シェアの前ではそれもむなしかった。
 だが、それ以上に痛かったのはソフト開発社達によるMac市場からの大脱出だった。Windows 3.0の登場以降、開発者の間では「クロスプラットフォーム開発」が大きな話題になっていた。1度つくったプログラムを、1つのパソコン市場だけでなく、他のパソコンでも動くようにしようというものだ。
 同じマイクロソフト社がつくるOfficeは当然としても、Macで誕生し、Macと一蓮托生の道を歩むと思われていたアドビ社のPhotoshopやフラクタルデザイン社(現在はコーレル社)のPainterといったソフトまで、Windows対応を表明し始めていた。
 タイミングが悪いことに、ちょうどそんな頃、連日のように他社によるアップル買収の噂がたっていた。また、アップル自身も公式に次世代OS、Coplandの開発を中止するという悪印象を与えるニュースを発表をしていた。年に1度の、世界開発者会議で立て続けに「Coplandに備えろ」と呼びかけてきただけに、このニュースのダメージは大きかった。
 '97年夏、スティーブ・ジョブズが歴史的スピーチを行なった基調講演で、Macユーザーは一時的に元気を取り戻したが、その後、MACWORLD EXPO/BOSTONの展示会場に足を運んで再びショックを受けた。
 MACWORLD EXPO/BOSTONは、World Trade CenterとBayside Expo Centerという2つの会場を使った広大な会場面積が自慢だ。アップル社や互換機メーカー、Adobe、Microsoftなどの主力ベンダーが揃うWorld Trade Centerはまだそれなりの活気があったが、弱小ベンチャーの登竜門で、小さなベンチャーのおもしろい新製品が集まるBayside Expo Centerは、ところどころに空きスペースが目立ち、雑踏もまばらだった--1年前までは、同じスペースを中小の開発者がところ狭しとブースを並べていたのが嘘のようだ。
 ブース間の広い通路の間からは、はるかかなたにある反対側の壁を初めて見通せた気がする。たまに威勢のいい声で人を集めているブースを見かけても、それは腰痛を軽減するバンドだったり、会場を歩き疲れた人向けのマッサージサービスだったりと、Macに関係ないブースばかりだ。
 EXPOが終わった後、TIME誌にMACWORLD EXPO '97の伝説のスピーチにいたるまでのジョブズを密着取材した「Steve's Job: Restarting Apple」という記事が載った。この記事の読者は、なんとなくアップルがいい方向に変わっていることは感じることができたが、事態がどのように好転するのかも、いつから好転するのかも、どの程度好転するのかもまるっきりわからない--もしかしたら、「ただ潰れずに済んだ」というだけのことなのかもしれない。
 こんな時代背景もあり、当時、Macユーザーは、Macを使うことに少なからず後ろめたさのようなものを感じていた。
 「なんでMacを使っているの?今はWindows 95がすごいんでしょう?」--パソコン素人の悪意のないこうした質問。かつての熱心なMacユーザーなら、情熱たっぷりに、すぐに数十個の理由をあげて反証していたかもしれない。しかし、当時の時代の空気はそうではなかった。多くの熱心なMacユーザー達ですら、反証の元気や熱意を失っていた。


■ドリーム・チームの復活

そうやって世のMacユーザーがうつむいている頃、MACWORLDの基調講演を終えたスティーブ・ジョブズはリー・クロウに電話をかけていた。
 クロウはTBWAシャイアット・デイ社の広告クリエイターだ。ジョブズと同じ8月3日生まれで、彼とは14年前、一緒に広告史に残る伝説のテレビCM、「1984」をつくった仲である。
 電話の数日前、アップルは突如、それまでの広告代理店、BBDOと関係を切り、新たにTBWAシャイアット・デイと契約したことを、わざわざプレスリリースを使って世に知らせていた。
 ジョブズからの電話に出たクロウが、まず耳にしたのは「さあ、出遅れてのスタートだ」というジョブズの声だった。'97年9月27日、ピクサー社初の長編アニメ、『トイストーリー』がテレビで放映される。ジョブズはそこでアップル社の新CMを公開することを決めていた。製作期間はわずか17日間しかなかった。
 いい知らせは、この広告の制作がまったくの無からのスタートではなかったことだ。既にキャッチコピーは決まっていた。
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 「Think different.」--MACWORLD EXPO/Bostonの基調講演で繰り返し使っていたこの言葉であり、講演後、最後にスクリーンに映し出された言葉でもあった。
 クロウは、この広告ではコンピューターそのものではなく、人にフォーカスを当てるべきだと考えていた。だが、誰に焦点を当てればいいのかがわからなかった。
 最初は映画制作会社、米ドリームワークス社のスタッフなど、Macを使っているクリエイターを起用しようと思ったが、どうもしっくりこない。
 この案にはジョブズも猛反対していた。ドリームワークスとディズニー/ピクサーは、犬猿の仲で、このとき、同社はピクサーが「バグズ・ストーリー」という虫を主人公にした長編アニメをつくっていることを知った上で、蟻を主人公にしたCGアニメ映画、「アンツ」を制作していたからだ。
 刻々と締め切りが迫る中、クロウは「Think different」の文字が、たまたまマハトマ・ガンジーやアルバート・アインシュタインの写真の横に置かれているのを見て「これだ!」と思った。
 ありきたりの枠に収まらない人々、20世紀の世界、文化をつくっていた人達を讃える広告にしよう。
 この暗にはジョブズも大賛成した。有名人達の写真を集める段では、ジョブズ本人が、自らの交友関係を生かして、オノ・ヨーコを始めとする何人かの偉人達の親戚や遺族に連絡をとってくれた、という。
 有名人の遺族や肖像権管理者から次々と写真や映像が送られて来た。中にはマリア・カラスの遺族から送られてきたホーム・ムービーもあったという。


■Here's to the Crazy Ones

 シャイアット・デイの制作部門では、これらの映像をつなぎあわせ、その上にアップルの社員によってつくられた一編の詩、「Here's to the crazy ones」が重ねられた。朗読するのは映画『アメリカングラフィティー』や『陽のあたる教室』で主演した俳優のリチャード・ドレイファスだ。
 詩はこんな感じでつづく。


Here's to the crazy ones.
クレージーな人達に祝杯をあげよう。
The misfits. The rebels. The troublemakers.
The round pegs in the square holes.
厄介者、反逆者、トラブルメーカー、四角い穴に打ち込まれた丸い杭。

The ones  who see things differently.
世の中を違った目で見つめる人々。

They're not fond of rules.
And they have no respect for the status quo.
彼らはルールを嫌い、現状を肯定しない。

You can praise them, disagree with them, quote them,
disbelieve them, glorify or vilify them.
誉めるのも、反論するのも、引用するのも、
信じないことも、讃えることも、けなすこともあなたの自由だ。

About the only thing you can't do is ignore them.
ただ、1つだけできないのは、彼らを無視すること。

Because they change things.
なぜなら、彼らは物ごとを変えてしまうからだ。

They invent. They imagine.They heal.
They explore.They create.They inspire.
They push the human race forward.
彼らは発明し、思い描き、癒し、
冒険し、ものごとをつくりだし、人々を駆り立てる。
彼らは人類を先へと押し進める。

Maybe they have to be crazy.
彼らはクレージーに違いない。
How else can you stare at an empty canvas and see a work of art?
そうでなけらばどうやって真っ白なキャンバスに作品を見いだせよう。

Or sit in silence and hear a song that's never been written?
あるいは静寂の中にたたずんで、まだ書かれていない歌を聴くことができよう。

Or gaze at a red planet and see a laboratory on wheels?
そして、赤い惑星を眺めて、車載型の研究所を思い浮かべることができよう。

We make tools for these kinds of people.
我々はこうした人々のための道具をつくる。

While some see them as the crazy ones,we see genius.
人によっては彼らをクレージーだと言うかもしれないが、我々は彼らを天才だと思う。

Because the people who are crazy enough to thinkthey can change the world, are the ones who do.
なぜなら、世界を変えられると本当に信じている人達こそが、世界を変えているのだから。
(日本語は筆者抄訳)

実際の広告で読まれたのはこの詩の短いバージョンで、「我々はこうした人のための道具をつくる」といったアップルの主体を感じさせる部分も省略されていた。
 そのため「イメージだけの、わけのわからない広告」といった批判も相次いだ。
また、「think different.」は正しくは「think differently.」であるべきだという細かな文法的批判に終始する報道も多かった(一方で、これで正しい、という意見もある)。
 クロウはこの広告の狙いについてこう語っている。「ここに登場する人物達がアップルの製品を使っていたかどうかはわからない。ただ、我々はクリエイティビティーというものを祝福することにしたんだ。これはブランドについて語るときに外せない要素だからね。」
 広告に登場するのは有名人の写真や映像だけで、それが誰なのかといった説明は一切現れない。これについてクロウは「それが何であるか、誰なのかと思いを巡らせることは、より視聴者を深く関わってもらうことでもある。ちょうどパズルを解くようなものだ。」
 実際、広告が放映されると、すぐさまインターネットで、どの人物が誰なのかが話題になった。議論にMacユーザーであるか、どうかなんて関係なかった。
 もっとも、この広告にもっとも大きな衝撃を受けていたのは、しばらく、誰にも賞賛されず孤高の道を歩いてきたMacユーザー達だろう。一夏、負け犬の思いで過ごしたMacユーザー達は、次第に誇りを取り戻していった。
 大勢がこの広告を「人と違ってもいいんだ」、「人と違うというのは、それはそれで価値があることなんだ」という証しとして受け止め、再び自信を取り戻していった。
 筆者の周りの50代以上の方々は、広告で取り上げられた人物、一人一人について深く納得し、大きな感銘を受けていた。「ああいう広告を打てる会社はアップルしかない。自分たちの声を代弁してくれた」という声も聞かれた。


■話題を呼び続けた広告

 批判にしろ、賞賛にしろ、この広告の話題はそれから5年間、次の「Real People」キャンペーンが始まるまで話題を呼び続けた。
 TV CMが流れて1週間もすると、そこかしこでこの広告のパロディーを見かけるようになった。
 インターネットに自分でつくったthink differentの広告を流す個人も入れば、それとなくそっくりにつくったCMもいくつか登場し始めた。
 また、米国では、やたらと白黒写真を使った広告が増え始め、「think ~~」というコピーがやたらと使われ始めた。
 「think different」の広告をそっくりそのままパクったCMも多数ある。人気テレビドラマ「ダーマ&グレッグ」の最終回には「think Dharma.」というパロディー版広告が流れ、アップルも喜んでそれを紹介した。
 人々がこの広告が、これだけ話題になり続けたのは、広告のできがよく、Grand EFFIE賞を始めとする幾多の賞を受賞したからだけではない。
 実際、この広告は人々の暮らしの中に入り込み、日常生活の1シーン、時代の1シーンとなってしまったからだ。
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シャイアット・デイは、TV広告を完成させるとすぐにビルボードなどの制作に取りかかった。こうしてつくられたビルボード広告は、世界の主立った都市の目立つ場所に貼り出された。観光地などに行って記念撮影でもしようものなら、必ずどこかに「think different」のビルボードが入る。
 1997年から2002年の夏までの5年間、ニューヨークのタイムズスクエアに行こうと、SOHOに行こうと、パリのルーブル美術館に行こうと、渋谷の公園通りに行こうと、西麻布の交差点に行こうと、このthink different.の広告が堂々と飾られていた。
 アップルの好き嫌いに関わらず、20世紀へのオマージュとしてこの広告に好感を抱く人は少なくなかった。実際、ルーヴル美術館への広告掲載などはかなり特例のできごとではないかと思う(写真に使われた人物が、エッフェル塔をつくったグスターヴ・エッフェルだったというのは広告掲載の上で大きなポイントとなったはずだ)。
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 「think different.」の広告で取り上げる有名人達も無視できない人達かもしれないが、「think different.」の広告そのものも、無視できないほど有名で人通りの多い場所に、目立つ形で掲載されている。
 広告で取り上げた人物達も「crazy」なら、広告にかかった費用の方も「かなりcrazy」なはずだ。
 しかし、ジョブズはそういったことに費やすお金には糸目をつけなかったようだ--ちょうど現在、Apple Storeを世界各都市の一頭地に出店させているように。
 そんなアップルにとって広告に出た有名人達の家族や弁護士(ときには本人)が、多額の許諾料を要求してこなかったのは運がよかったのかもしれない。多くの人々は、少額(といってもそれなりの額だろうが)の謝礼とMacの寄付などで快く引き受けてくれたようだ。
 「1984」がMacの衝撃的デビューを飾った広告なら、「think different.」はアップル復活への行進曲だった。
 この広告の後、アップルはPowerPC G3搭載パソコンを発表するが、その売り上げは大方の予想を上回り、アップルの事業は一気に黒字へのV字回復を果たす。
 もしかしたら、「think different.」の広告がなくても、アップルは回復していたのかもしれない。しかし、広告がなければ、Macを買うユーザーの心持ちはだいぶ変わっていたのではないかと思う。

参考文献:
・「アップル・コンフィデンシャル2.5Jー<下>巻」(アスペクト刊/オーゥエン・リンツメイヤー/林 信行著・武舎広幸/武舎るみ訳)
・「Behind "Think different."」/Electric Escape.net--Robert A. Jung
http://www.electric-escape.net/node/565・「Making of "Think Different"」(アップル社)ービデオ作品

Written by 林 信行

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